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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)21号 判決 1985年7月30日

原告

渡辺祥

右訴訟代理人

長野義孝

被告

豊能税務署長

古田竹二郎

右指定代理人

佐山雅彦

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一請求原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで次に、本件更正処分等が適法なものであるか否かについて判断する。

1  譲渡価額 金三六七五万四三七五円

原告が、昭和二九年一二月二四日、相続により、本件(一)(二)の土地の所有権を取得したこと、原告が長野義孝弁護士に委任して、昭和四九年に、訴外岸田タマ及び同岸田覚を相手方として、本件(一)の土地上の建物を収去して右土地の明渡を求める訴訟を提起したこと、右事件につき、昭和五三年二月二八日に原告が訴外岸田覚に対し、本件(一)の土地を代金一一九〇万円で売渡すことを内容とした裁判上の和解が成立し、同五三年五月末日までに、右代金の支払がなされる一方、原告は、右土地の所有権移転登記を完了したこと、原告が昭和五三年九月一四日、本件(二)の土地を、訴外大昇建設株式会社に代金二五六八万一五〇〇円で売却したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、原告が訴外大昇建設株式会社に本件(二)の土地を売却する当時、原告と訴外渡部光彦との間に右土地の所有権の範囲に一部争いがあつたので、原告が右訴外渡部光彦に対し、その解決金として、右売買代金二五六八万一五〇〇円のうち金八二万七一二五円を交付したことは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものと看做す。

そうとすれば、課税の対象となる本件(一)(二)の土地の譲渡代金は、本件(一)の売買代金一一九〇万円と、本件(二)の土地の売買代金二五六八万一五〇〇円から前記金八二万七一二五円を控除した金二四八五万四三七五円との合計金三六七五万四三七五円というべきである。

2  取得費 金一八三万七七一八円

本件(一)の土地の取得費が金五九万五〇〇〇円であり、本件(二)の土地の取得費が金一二四万二七一八円であること、そして、右取得費は、本件(一)(二)の土地の譲渡による所得が長期譲渡所得となる(租税特別接道法三一条)ことから、概算取得費(右同法三一条の四第一項)により譲渡価格の五パーセントとして算出した金額であること、以上については、原告において明らかに争わないから、これを自白したものと看做す。そうとすれば、本件(一)(二)の土地の取得費は、合計金一八三万七七一八円である。

3  譲渡費用 金六〇万円

原告が昭和五三年一〇月一九日、訴外高橋孔一に対し、本件(二)の土地の売買についての仲介手数料として金六〇万円を支払つたことについても、原告において明らかに争わないからこれを自白したものと看做す。

4  弁護士費用

原告は、本件(一)(二)の土地の譲渡に関し、長野義孝弁護士に支払つた弁護士費用金三三二万円は、所得税法三三条三項所定の「譲渡に要した費用」に該当するから、これを本件(一)(二)の土地の譲渡による所得金額から控除すべきであると主張するので、この点について判断する。

(一)  原告が、本件(一)の土地を訴外岸田覚に譲渡した後、長野義孝弁護士に対し、昭和五三年五月三一日に金一〇〇万円を、同年七月四日に金一九万円を支払つたこと、また、原告が本件(二)の土地を訴外大昇建設株式会社に譲渡した後、長野義孝弁護士に対し、金二一三万円を支払つたこと、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

(二) ところで、譲渡所得税は、資産の譲渡によつて、当該譲渡者が、資産の保有期間中に得た増加益に対して課税をするものであるから、譲渡所得税の課税の対象となるのは、その譲渡価格から、当該譲渡資産の取得費、その資産の譲渡に要した費用その他を控除した額である(所得税法三三条三項)。そして、右にいわゆる資産の譲渡に要した費用とは、譲渡を実現するために必要な経費に限られ、当該資産の修繕費、固定資産税、その他当該資産の維持管理に要した費用はこれに含まれないと解すべく、したがつて例えば、譲渡のための仲介手数料、登記登録料、借家人を立退かせるための立退料等は、これに該当するが、譲渡資産に設定された抵当権を消滅させるために被担保債権を弁済した弁済金、山林所有権の帰属をめぐつて第三者との紛争があり、その所有権確認のために要した訴訟費用、遺産分割の処理のために要した弁護士報酬等は、いずれも資産の譲渡に要した費用には、当らないものと解すべきである(最高裁判所昭和三六年一〇月一三日判決民集一五巻九号二三三二頁、同昭和五〇年七月一七日判決・訟務月報二一巻九号一九六六頁、東京地方裁判所昭和五四年三月二八日判決・行政事件裁判例集三〇巻三号六五四頁等各参照)。

これを本件についてみるに、前記(一)の争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1) 本件土地は、もと原告の先代渡辺益太郎が訴外岸田多治郎に賃貸していたところ、その後相続により本件土地の所有権を取得した原告と訴外岸田多治郎の相続人である訴外岸田タマ、同岸田覚との間において、本件(一)の土地に対する賃貸借の存否等について争いが生じたので、原告は、昭和四八年三月頃、長野義孝弁護士に委任をし、同弁護士を通じ、右岸田タマらに対し、第一次的には本件(一)の土地の返還を求め、それができない場合には、正式に本件(一)の土地についての賃貸借契約を締結することにして、右紛争を解決しようとした。(甲第二三号証)。

(2) 一方、訴外岸田タマは、本件(一)の土地について処分禁止の仮処分申請をし(甲第二号証)、昭和四八年八月一四日、その旨の仮処分決定を得たので、原告は、同年九月に、長野弁護士に委任をして、右仮処分に対する異議申立をしたところ(甲第三号証)、右異議事件で証拠調がなされた。

(3) ついで、原告は、長野弁護士に委任をして、昭和四九年一一月二七日、訴外岸田タマ及び同岸田覚を被告として、本件(一)の土地上の建物を収去して右土地の明渡を求める訴訟を提起したところ(甲第五号証)、右岸田タマらは、第一次的には、訴外岸田多治郎が、昭和一五年頃、本件(一)の土地の所有権を時効により取得した、仮にそうでないとしても、昭和一八年頃、訴外多治郎が訴外益太郎から本件(一)の土地を譲り受けた、仮にそうでないとしても、昭和二八年頃には右土地の所有権を時効により取得したと主張して、原告の請求を争つたので、右訴訟事件でも、証拠調がなされた。

(4) 右事件については、その後裁判所から和解の勧告がなされたので、原告は、右和解交渉の一切の権限を長野弁護士に授与してその交渉を委任し、同弁護士を通じて訴外岸田タマらと和解交渉をした結果、前述のとおり、昭和五三年二月二八日、原告は、訴外岸田覚に対し、本件(一)の土地を代金一一九〇万円で売渡すこと等を内容とした裁判上の和解が成立し(甲第一〇号証)、その後その履行がなされた。

(5) そして、原告は、右事件に対する報酬等として、長野弁護士に対し、昭和五三年五月三一日に金一〇〇万円を、同年七月四日に金一九万円を支払つた。

(6) 次に、本件(二)の土地は、原告が昭和二九年に、相続により、その所有権を取得したものであるところ、原告は、昭和四七年一〇月頃、訴外間友茂に対し、不法占有を理由に、本件(二)の(2)の土地の明渡を求め、その頃、長野弁護士に右事件を委任した(甲第二四号証)。

ところが、本件(二)の(2)の土地については、訴外渡部光彦外三名が、昭和五一年五月頃から右土地の所有権を主張して、訴外間に対し、右土地の明渡を求め、同年九月には、右訴外間を相手方として、右土地明渡の調停を申立てた(甲第一一号証)。

ところが、訴外間は、原告に対し、昭和五一年一〇月九日限り、本件(二)の(2)の土地を明渡したので、原告は、同日二三日付で、訴外渡部に対し、本件(二)の(2)の土地は、原告の所有であること等を通告した。

(7) 原告は、その後長野弁護士に委任をして、昭和五一年一〇月二八日、訴外渡部光彦外三名を相手方として、本件(二)の(2)の土地使用妨害排除の仮処分申請をし(甲第一四号証)、これと同時に、前記訴外間と同渡部らとの間の調停に利害関係人として参加した(甲第一二号証)。

(8) 右仮処分申請手続では、審尋が行われたが、調停手続の示談交渉で解決をすることとなり、原告は、長野弁護士に委任をし、同弁護士を通じて、不動産業者である訴外大昇建設株式会社や訴外渡部らと交渉した結果、昭和五三年九月一四日、原告が、右訴外大昇建設株式会社に対し、本件(二)の土地を、代金二五六八万一五〇〇円で売却し、右事件の紛争を解決した(甲第二〇号証)。

(9) そして、原告は、右事件に対する報酬として、長野弁護士に対し、昭和五三年九月一四日に金一三万円を、同年一〇月一九日に金二〇〇万円を、それぞれ支払つた(甲第二八号証の一、二)。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、右(二)に認定の事実に、前記(二)の冒頭に掲記の各証拠を総合すれば、(1)原告が昭和五三年五月三一日及び同年七月四日の両日に、長野弁護士に支払つた合計金二一九万円は、訴外岸田タマらに対する本件(一)の土地の明渡等の請求、その一環としてなされた右岸田タマらからの申請に基づく本件(一)の土地の処分禁止の仮処分命令に対する異議の申立、訴外岸田タマ、同岸田覚らに対する本件(一)の土地の明渡請求訴訟の提起及びその遂行、右事件の裁判上の和解における交渉等、前記(二)の(1)ないし(4)に認定の一連の委任事務処理とこれによる紛争解決によつて原告に一定の利益がもたらされたことに対する報酬として支払われたものであり、(2)また、原告が昭和五三年九月一四日及び同年一〇月一九日の両日に長野弁護士に支払つた合計金一一三万円は、訴外間友茂に対する本件(二)の(2)の土地の明渡請求、訴外渡部光彦外三名に対する本件(二)の(2)の土地の使用妨害排除仮処分の申請事件、訴外間友茂と右渡部光彦外三名との間の土地明渡調停事件に対する参加申出、紛争解決の前提として訴外大昇建設株式会社及び右渡部光彦らとの本件(二)の(1)(2)の土地の売買交渉等、前記(二)の(6)ないし(8)に認定の一連の委任事務の処理とこれによる紛争解決によつて原告に一定の利益がもたらされたことに対する報酬として支払われたものであつて、本件(一)及び(二)の土地の譲渡のみに対する報酬として支払われたものではないと認めるのが相当であつて、右認定に反する<証拠>はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうとすれば、右弁護士費用は、本件(一)(二)の土地の譲渡を実現するための必要な費用とは認め難いし、また、仮に、右弁護士費用のなかに、本件(一)(二)の土地の譲渡に関するものが含まれているにしても、前記(二)に認定したところからすれば、それは、右弁護士費用の一部分に過ぎず、かつ、本件における全証拠によるも、その額を確定することはできないから、結局、右弁護士費用の全額につき、これを本件(一)(二)の土地の譲渡に要した費用として控除することは相当でないと解すべきである。

(三)  もつとも、原告は、次の如き主張をしている。すなわち、訴訟上の和解により、事件が売買の形式で解決すれば、その売買価額は正に回復された土地の現在価値の金銭的表現であつて、連続した訴訟活動の努力の成果が売買価額に具現されたものであるところ、一方、弁護士報酬は、委任事件の最終的な処理結果に対して包括的に支払われるのであつて、その過程で委任事務が変わるものではないから、弁護士の諸活動は、最終的解決に貢献しているというべく、本件では、原告が長野弁護士に委任したのは、本件(一)(二)の土地の売却そのものである上、長野弁護士の事務処理が、本件(一)(二)の土地の所有権の価値の回復に向けられ、そのための加工成形が行われた結果、売買が成立したものであるとか、その他種々の主張をし、要するに、原告が長野弁護士に支払つた本件弁護士費用は、本件(一)(二)の土地の譲渡に要した費用であるというべきであるとの趣旨の主張をしている。

しかしながら、前述(二)に認定した事実関係からすれば前述のとおり、原告は、長野弁護士に対し、当初、本件(一)の土地については、右土地上の建物を収去して右土地の明渡を求める訴訟の提起、遂行、その他前述の如き右土地の紛争解決に関する種々の事務の委任を、また、本件(二)の(2)の土地についても、その所有権に基づく明渡請求や、右土地所有権確認、右土地使用の妨害排除請求その他前記の如き紛争解決に関する種々の事務の委任を、それぞれし、右委任事務処理の結果、右各紛争解決の方法として、偶々、最終的に、本件(一)(二)の土地を、紛争の相手方又は第三者に譲渡するという内容で、右紛争が解決されたに過ぎないものというべきであるから、原告が前記長野弁護士に支払つた本件弁護士費用は、本件(一)(二)の土地の譲渡そのものに対する報酬として支払われたものというよりは、前記各委任事務の処理とこれにより紛争が解決されて一定の利益が原告にもたらされたことに対して支払われたものというべく、したがつて、右弁護士費用は、いわゆる不動産仲介業者の仲介による不動産売買の場合の仲介手数料等とは、その性質を異にし、本件(一)(二)の土地の譲渡に要した費用ではないと解するのが相当である。そして、このことは、本件(一)及び本件(二)の(1)の土地に関する紛争が、当事者の合意による譲渡という内容で解決されず、それ以外の例えば、勝訴判決、裁判上の和解、その他により、原告に対する右土地の全面的な明渡、或いは、土地所有権確認等、原告の請求を全部認めるような内容で解決された場合においても、本件において原告が長野弁護士に支払つた前記報酬額と同等ないしそれ以上の弁護士報酬が支払われることになること(このことは経験則上明らかである)に照らしてみれば、明らかであるというべきである。

よつて、本件弁護士費用(報酬)が本件(一)(二)の土地の譲渡に要した費用であるとの原告の主張は失当である。<以下、省略>

(後藤 勇 大沼容之 村岡 寛)

物件目録<省略>

別表1、2、3<省略>

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